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2014年1月6日月曜日

入院前の心配とか不安とか

2013年11月1日 術前検査と造影CTと手術日の変更

術前検査(血液・尿・心電図・スパイログラム・レントゲン)と造影CT受け終わって婦人科へ。
「昨日はすみません。」・・・えっ!?さっきのCT画像がもう先生の端末から見られた。早っ!!
そして、手術を早めると言われた。心の中ではずっと何か叫んで無駄な抵抗をしていた(-_-;)

12月10日入院 → 11月19日
12月13日手術 → 11月22日 にそれぞれ変更

これは大変なことになった。ものすごい勢いで頭の中グルグルし始めた))))
12月の線でも結構急な話で、気が引けていたのに、更に早まるなんて。

まず仕事 一人担当で毎月定期処理をしていたので早く代わりの人材確保してもらわないといけない。引継ぎもしなければ!すぐ部長に連絡しなきゃ!マニュアルも何も作ってない。11月締めの処理は自分でやれるはずだったから。他の細々した仕事も、可能な限り前倒し処理。20年以上、普通に会社員やってきた中で、スケジュールが後ろにずれることはあっても、こんな乱暴に前に倒れることってなかった。自分のせいでかき回されている感じがたまらなく申し訳ない。

そして、次男(2歳)の保育 私が居なくなったら夫が家事・育児全部一人でやらなければならなくなるから、少しでも時間を確保するために、保育園に12月から延長保育のお願いをしていたが急遽スケジュールの変更。書類は間に合うの?完全母乳の流れで私が主体で育児してきたから息子はきっと不安定になり周囲の手を焼かせるだろう。大丈夫だろうか。何もかも急すぎる。

やめようかな手術・・・

それに、ああ、そうだ。思い出した。妊娠中に高度異形成が分かったとき、「私の寿命縮まってもいいから正常な赤ちゃん生まれますように」ってお祈りしていたんだ。赤ちゃんだけ何としてもお願いしますって。だから仕方ないんだ。お金も沢山かかるし・・・こんな風に日常が崩れていくのに耐えられない。退屈っていう人もいるかもしれないけど、ぬるま湯のような毎日がとても気に入っていた。

しかし私のこんなヘタレっぷりに対して夫は(普段温厚なんだけど)
「癌が分かっているのに治療を受けないなんて愚行だ。くだらないこと気にしないで入院しなさい。」と。

「・・・はい。」悔しいけど(←?^^;天邪鬼)でも、私の命を大事に思ってくれて有難う。

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2013年11月7日 手術説明 約40分間

夫と手術内容の説明を聞く。

広汎子宮全摘+両付属臓器摘出+骨盤リンパ節郭清 場合により卵巣残して位置固定する。

会社に提出する為、診断書を書いて貰う。輸血の同意書にサイン。癌なので自己血は使えない。休薬指示書とか貰ったのもこの日だったかな。(術前2週間切ったら薬ダメ)咳が続いていたのでアスベリン処方される。馬鹿な質問とかした気がする。
母にも聞いて欲しかったけど来られなかった。あとでメールする。

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2013年11月12日

乳腺の精密検査 受ける
マンモと超音波
結果は婦人科入院中の11月27日

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<memo>

アメリカ在住のお友達で、元助産師の方がメールで、たくさんの情報をくださり助かった。
下手くそなカウンセリングよりよっぽど頼りになるわ。

ある一つのことが引き金になって、なぜか笑い出すと止まらなくなった。
夫が醤油をかけ回す姿が面白くて。なんでか分からない。声が出ないくらい涙拭きながらずっと一人で笑ってた。苦しい。おかしくなっちゃった?

インフルエンザ予防接種予約していたけれど間に合わなくて打てなかった。

2013年11月20日〜 生涯で最後の生理がくる 
妊娠以外であまり乱れたこと無かった。 もう二度とこないんだな・・・とちょっと寂しい。そういえば私は初潮がくるの遅くて、同級生から1、2年遅れだった。煩わしいと思ったこともあったけれど・・・今までありがとう。←何となく^^

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読んでくださり有難うございました^^

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