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2016年3月11日金曜日

光と影と 人の愛

思ったことを口に出す』について考えた。

躾の面 言う=行動 とすると
やっちゃいけない所でやっちゃいけない事をしてはダメという話になるだろう。エロ・グロは(親であっても)暴いてはいけないし、自分で知った上で隠し続け、見せるにしても上手にしなければいけない。おかしいことを口にするとニヤけて気持ち悪い。しかしコントロールできれば、それで関節の痛みを忘れて、八つ当たりのとばっちりがいかない分マシということで我慢しろ ください、と言うことが出来る。大声で歌い狂い、ノリノリで家事の最中、火事に気付かないとかはまあ......。ほどほどに^^;

もっと単純に 言う=音 とすれば
発せられた意味や音量は中のヒトにもバッチリ伝わって人柄にもまた影響するということ。悪い方の極端な衝動を口にした瞬間、そっちが呼ばれて明確に表に出てくる。「絶対許さない。」「潰してやる。」「あいつのせいだ。」心を捉われたら、それなりの行動を起こす事もある。(私は人の心には良い面・悪い面、両方ともあり、基本的に各々の持ち場を動いてはいけないものと思っている。)

例えば、病人に何と言ったら良いかについて記号的に光と影で考えてみる。

自分の経験でいうと「病気や怪我、痛みや不自由」は影の部分を大きくしてしまう。何でこのタイミングで私なんだよ!恨み・つらみ・痛み・絶望感で、閉じこもり・泣いて・悔しくて・当たり散らす。一時的に我慢してニコニコ応対しても、カーテンが閉まれば真顔に戻り、こんなのは私じゃないと思いながら自分を呪う。

それなら見舞いの外野は、外野こそ、敢えて良いことしか言わなくて良い。辛いのに話してくれてありがとうね。大丈夫治る。きっと治る。悪いのは全部取って綺麗にしよう。綺麗なのと入れ替えよう。次につながる言葉だけ。うるせえよ!綺麗事言ってんじゃねえ!と怒られて“かまわない”。相手は今、嫌な奴が表側にいて、おそらく本人もそれを知っている。ありのままを許し、変な言い方すれば眩しさで騙せってことだ。良いんだよ嫌な奴で。当たり前だよ痛いんだから。見舞いの品だって、バカみたいに明るいのが勝手に置いて行った物なら、つられて前を向くかもしれないし、捨てる時は嫌な自分も一緒に捨てられる。同情、慰め、寄り添った振りは出来ない。だって「どうせ俺は明日もここに居て、あんたらは帰るんだろ?さっさと帰れよ。」その通り。私はあんたじゃない。それより意味があるのは、堂々巡りを止めてやることだ。

義弟が術前処置の抗癌剤投与のために入院した。白血病は正常な血液が作れなくなる病気だから、骨髄移植の前にあらかじめ自前のシステムを抗癌剤で叩きのめす。免疫も落ちるので厳戒態勢だ。手術は4月上旬の予定。神よ!
ちなみに、私は入院中の全てを淡々と記録することで冷静になり、好きな音楽をひたすら聴き続けて浄化(心を空に)していた......と思う多分。見える物の殆どが悲しかった。傷と点滴とウロバッグ、浮腫んだ顔、膨れた腹、手首のバーコード、帰って行く背中、私だけパジャマ、行ってしまう通勤電車、消灯する外来。(私じゃないと思いたいのに)いちいち全部に私の名前が書いてある!!

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有難うございました(。◕∀◕。)ノ

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